■■東京都に住んでいます■■
重度脳性麻痺児の息子の子育てをしながら、在宅でぺこーなアイテムを作るだけの毎日を過ごしていました。地方の専業主婦で人前に出る事も無く人と話す機会も少なかった毎日でした。
そんな中、ひょんな事から国への活動をしている保護者の会に加わることになり、急に表に出る機会が増え生活と人生が激変していきました。
産科医療補償制度の個別審査で落ちた子供達の保護者の活動によって
産科医療特別給付事業を国が設立し、産科医療特別給付金の申請が2025年1月から開始しました。
私はその【産科医療補償制度を考える親の会】の代表をやっていました。
産科医療特別給付金を国に決めて頂く
活動の代表をしていました。
つまり、
厚労省や国会議員や国家権力に通い続けて
陳情をしていた経験があります。
国に楯突きお金を取ってくる活動ですから、想像を絶する負荷でした。
でも、この活動を最後まで多くの保護者とやりきった事は私にとっては【人生の宝】と言える経験になりました。
最後の写真は産科医療補償制度を運営している日本医療機能評価機構の理事長 河北博文先生です。産科医の減少を防ぐ為に始まった産科医療補償制度を国が2009年に始めた時、誰もがこの制度の運営を引き受けるのを嫌がったそうです。
最終的に河北先生が産科医療補償制度の運営を引き受けてくださった事で、制度を始めることが出来たと活動をしてから知りました。
😊河北先生の隣は参議院議員の自見先生です
数えきれない程の先生方に陳情に通いましたが
一部の先生とのお写真を
もはや「すべらない話」ですが、私がやっていた国への活動は産科医療保障制度という厚労省管轄の国の補償制度への陳情活動でした。つまり、日本の医療保障を司る厚労省・厚労族の国会議員・医師会などに対し楯突き活動していたお母さんでした。
しかし、その国への活動を終え産科医療特別給付金を決めた翌年から何かの業を背負ったように、私は急に身体の調子が悪くなりました。2年半の間に、立て続けに心臓発作・脳動脈瘤の急成長・脳梗塞・癌になってしまい、皮肉にも日本の医療に次々に助けられ、あっという間に大きな後遺症もなく復活させて頂きました。
厚労省・厚労族の国会議員、医師会、日本の医療保障制度の偉大さを体感しました。純粋に日本に生まれて居なかったら命を落としていたと思ったし、自分と同じように若いうちに大病にかかっても、また人生をやり直して社会復帰出来る人が増えたら良いな。と思いました。
普通では起こらない重圧のかかる陳情の経験や闘病の経験をしました。でも、結局今、こうやって元気に生きられている事は「なにか与えられた使命」だと思っています。何か自分に伝えられる事があり、その事で、多くの人の生活(人生)が良くなる事に繋がるならメディアの取材をお受けしていこうと考えるようになりました。
東京都が進めるバリアフリーの街づくりに関し障害児者を家族に持つ当事者家族として都庁にいってきました。
東京都福祉局・都民ファーストの会と意見交換の後、小池百合子東京都知事に面会をさせて頂きました。2026.2.18
バリアフリートイレ/介助用ベッドとは。
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2025 共同通信社「時の人」
各地方紙に掲載中
🔳ぺこーなアイテムについて🔳
リハビリテーション工学協会誌
“特集” 寄稿
~脳動脈瘤と脳梗塞の闘病記~2025年12月
【メディカルドッグ 脳動脈瘤】の検索で記事は出てきます。
【YouTube番組】バリアフリープロジェクト出演/ぺこーなアイテム で検索を♪
動画はこちら
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~産科医療特別給付金を結果として国に決めていただけました~
YouTube「産科医療補償制度 親の会」で各種動画出てきます
例えばABC放送特集など
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